月別アーカイブ: 11月 2011

11/4&12の胴腹ノ滝

 

 

鳥海山の頂上から千畳ヶ原くらいまで降った雪もすっかり消えてしまい、今の時期にしては温かい日が続いているとはいえ、山の紅葉もほぼ終わり枯れ色におおわれています。

さて毎度の胴腹ノ滝湧水調査&水汲みですが、上の写真は11月4日朝、下が11月12日朝です。後者は晴天にもかかわらずまだ暗くて、ISO感度2000にしてもシャッタースピードはf3.9で1/2秒でした。手持ちでよく撮れたと思います。だんだん日が短くなってきたので、今度からは三脚持参か、昼時のもっと明るいときに来ないといけないかもしれません。

滝の湧水温は4日が右・左とも8.8℃(気温10.3℃)、11日もやはり右・左ともに8.8℃(気温9.8℃)でした。水量は前回よりもほんのすこし減っていますが、はっきり分かるほどの差はありません。

 

にゃぁ〜

 

ストーブの前でにゃぁ〜と伸びをしているわが家の猫トントです。体重5kgをこえる大猫ですが、気はとてもやさしい猫です。極端に警戒心が強いので、家族以外でこういう姿を見ることはまずありません。

 

泉をきれいに

湧泉・湧水を調査していてときどき落胆することがあります。せっかくすてきな泉なのに汚れていることがあるからです。来訪者が捨てた紙くずやら煙草やら食べ物の残りなどは論外ですが、枯枝や落葉や倒木などで水面がふさがっていることが珍しくありません。

その湧泉がまったく山中の人知れない存在なら、人間が眺めてどう感じるかなどは無関係で、枯枝などにおおわれていることもまた自然そのものの姿です。それはべつにかまわないのですが、人目に容易に触れる場所にあり、かつ人為的な要因で汚れているとすればじつに残念なことです。

写真の湧泉は鳥海山の二ツ沢周辺の湧泉のひとつですが、水量も「大」で温度も7.3℃とすばらしいものです。ところが直径1m余もある湧出点の泉が大量の枯枝と落葉でおおわれてしまい、ろくに水面が見えない状態になっていました。枯枝は自然に落花したものではなく、植林した杉の枝打ちされたものです。山仕事をする人たちももちろん湧水を利用することは少なくないと思いますが、その源泉にこの仕打ちはちょっとひどい。

ただ憤慨していてもしかたがありません。さいわい膝まである長靴をはいていたので水辺に降りて枝などをとりのぞいてきれいにしました。ただし極端にきれいにしてしまうと雨雪がじかに地面を打って周囲から土砂が流れ込んでしまうおそれがあるので、ほどほどにという具合です。この湧泉のまわりにはイワウチワの葉もたくさん見えていたので、他の花も交えて春先はさぞ美しいでしょうね。

 

 

矧合

材料の幅が足りない場合何枚かの板を継ぎ足して所定の幅の部材に仕上げるわけですが、その加工を矧合(はぎあわせ)といいます。接合とも書くようですが、これだと今は「せつごう」と読まれて、あまりにも一般的な広い意味合いになってしまい、板の木端同士を合わせていって幅広の板を得ることを必ずしも意味しなくなってしまうので、接合ではなく矧合と表記しています。以下、当工房における矧合の標準的な手順を説明します。木工をされてない方には煩わしく分かりにくい記述かと思いますが、板一枚仕上げるにもこれくらいの複雑な手順が必要であることをご理解いただければうれしいです。

 

1)各板の厚みをそろえます。木取〜手押鉋盤〜自動鉋盤と加工していって、所定の厚さより2〜3mm程度厚い状態で裏表の全面に鉋がかかったら、いったん加工を停止して養生します。荒木の状態から長さを切られ厚みを減らされることによって、材料の持っている内部応力が変化するので、そのまま急いで最終的な厚さにまで仕上げてしまうと後から反りや捻れや収縮などの歪みが出やすくなるからです。

2)私はここまでの加工を「一次下拵え」と呼んでいますが、一次下拵が済んだ材料はできるだけよけいな負荷がかからないように積み重ねたりせず、木端立てにして一枚ずつ間隔をあけて風が通るようにします。歪みは切って削ってすぐさま出るものもありますが、時間をかけて後から徐々に出てくるものもあり、後者はこの養生の間に出し尽くすようにするわけです。元々が乾燥材で比較的素直な材料であれば養生期間は1週間程度です。

3)いちどは平らにしたはずの材料は養生している間に大なり小なりまたいくらか反ったりしているはずです。それを確かめ、基本的には凹み側を手押鉋盤で削り、全面がきれいに削れたらそれを基準面として次に凸側を自動鉋盤で削ります。これで両面にきれいに鉋がかかれば二次下拵え=分決めが終わりです。しかし切削量が多い場合は上記の1〜3を繰り返します(三次、四次下拵え…)。写真で青色のクーピーで矢印および6.6と記してあるのは、自動鉋の切削方向と6.6mmで分決(ぶぎめ)したことを表します。

4)分が決まったら、矧合する材料を仮に並べて見ます。色合いや木目の具合などをよく見て、いかにも矧いだというような不自然な感じにならないように組み合わせと順番を決めます。これはペアリングと呼んでいます。この場合原則として青の矢印方向と木表・木裏はすべてそろえるようにします。仮に3枚ずつ4組接ぎ合わせするとすれば、4組目の手前側の板を4−1、次が4−2、4−3というように記入していきます。写真の朱色のクーピーで書いてあるものがそれです。手前側から必ず順番をふるというのは当工房での鉄則で、それが一般的なものかどうかは知りませんが、いずれにせよ順序は矧合が終了するまで明確にしておかなければなりません。

5)順番が確定したら、再度ばらして一枚ずつ木端を削ります。言うまでもありませんが、それぞれの木端は直角と直線が完全に出ていなければなりません。そのようなきっちりした平面の木端を作る方法はいろいろあることはあるのですが、いちばん簡単確実なのは精度のいい手押鉋盤で刃を定盤から0.5mm程度出しナイフマークが残らないようにゆっくりと2〜3回削ることです。機械本体と刃の研磨およびセッティングが良ければ、ただ並べて置いただけで木端同士がぴったり合います。それこそ光ももれないくらいにです。もし並べて隙間が肉眼で分かるくらいだと、矧合してもうまくいかない可能性が大です。よく「手押鉋盤を通したあと、手鉋で中ほどをわずかにすき取る」とする話がありますが、それは機械の調整がうまくいってない場合の次善策であって、本来は必要のない作業ですね。

6)いよいよ矧合の本番ですが、写真で朱色のクーピーで(274+5)と書いてあるのは、設計寸法(仕上予定寸法)の274mmに対し、のべ幅で5mmの余分があるという意味です。柔らかい材料で端ガネなどで締結する場合、この程度の余分では木端に傷が付いてしまい、最終的に幅が足りなくなってしまう恐れがあります。それをさけるために、いちばん外側の木端=クランプが当たるところに板と同厚の桟木をマスキングテープで止めています。つまり(274+5)という数値は、そういった追加処置が必要かどうかを一目で分かるようにするための注意書きみたいなものです。

7)矧合は接着剤のみで行う場合、ビスケットや雇核(やといざね)を併用して行う場合などさまざまですが、写真の例は抽斗の底板でそれほど強度を要さないパーツなので接着剤のみの「いも矧ぎ」です。また加圧はここでは端ガネを用いています(もっと厚みや長さのある矧合を行うときは電動の組立機でプレスします)。端ガネで締めるときは必ず一カ所につき裏と表の2本ずつ用います。何カ所締めるかは材料の厚さや長さや矧ぐ枚数などによりますが、この例では長さ約400mm・4枚矧ぎに対し2カ所計4本の端ガネを使いました。両面のトルクが一定になるように幅方向に水平定木をあてながら締め付けていきます。圧力は強ければ強いほどいいわけでは決してなく、強すぎると材料が変形して逆に接着不良をおこすことがあります。写真中の緑色の数字は矧合の作業が終了した時刻です。接着剤によって可使時間や締結解除時間・完全乾燥時間などがみな異なりますので、とくに何組もの矧合を連続して行う場合はかならず日時を記入しておきます。

8)接着剤が充分乾いたら、裏面にはみ出た接着剤をノミや手鉋で除去し、その面を仮の基準面として表の面を自動鉋盤で0.3mm削ります。次いで裏面を0.3mm削れば厚さ6.0mmの幅広に板ができたことになります。もとの材料に余裕がなかったので、仕上がり6.0mmに対してプラス0.6mmの6.6mmでの矧合でしたが、通常は分かりやすいようにプラス1mmにしています。当工房の自動鉋盤は最大465mmまで削れますが、もし矧ぎ幅がそれを越えるときは、たとえば300mm幅でいったん矧合を行いそれを所定の厚さに自動鉋盤で削った後、そうしてできた300mm幅の「一枚板」を複数枚矧合します。このケースでは矧ぎ目の段差は手鉋で削るしかないので、より慎重に矧合を行うようにします。

ニッコウキスゲの変遷

 

上の写真は今年9月下旬の、河原宿から頂上方面を眺めたものです。あいにく適当な花の写真はありませんが、ニッコウキスゲは鳥海山では低山地から亜高山帯まで、湿った草地や岩場に生えるユリ科キスゲ属の植物です。7〜8月にクロームイエローのラッパ状の花が群れて咲いている光景は、登山者にはおなじみの光景でしょう。

しかしこのニッコウキスゲが最近は、昔(数十年〜)にくらべずいぶん減ったという声をときどき耳にします。たとえば河原宿付近では以前のようなあたり一面を黄色に染め上げるような大群落は見られなくなった、などです。今でも咲いていないわけではありませんが、たしかに点在する感じで他の高山植物と混じって咲いており、ニッコウキスゲだけがとくべつに目立つというのではありません。

その理由は私はふたつあると考えています。ひとつは地球温暖化=気候変動のため鳥海山でも降雪量が減りつつあることです(上の写真の雪渓の縮小ぶりを見てもそのことがうかがえます)。ニッコウキスゲが咲いている場所は、風下にあたる尾根の東側や雪が吹きだまるような緩やかな盆地で、いずれも最後まで長く雪が残りそのために灌木や笹などが侵入できないような場所です。雪がほとんど消えた秋口に遠くから山肌を眺めると淡い緑色で平面的に見えるところですね。そういったニッコウキスゲの適地(?)が降雪量が減ることで縮小しているのではないでしょうか。

もうひとつの理由はキャンプ地の撤退です。現在鳥海山は原則的に全域で幕営禁止です。テントを張って野外でキャンプすることができなくなりました。山小屋のまわりなどで特別に許可された場所でしかテントを張ることはできません。ニッコウキスゲが咲くような比較的平坦な草地というのはテントを持参してキャンピングするには絶好な場所ですが、過度に連続的にそうした利用が続くと植物が枯れてしまいます。平地や低山地であれば草刈りを何度やってもまたすぐに草薮になってしまいますが、山岳地では厳しい環境に耐えてやっと植物が生えているわけですから、キャンプとか踏圧にはたいへん弱いわけです。植物が枯れてしまえば地面が露出し裸地となって、大雨が降るたびに土壌が流出してしまいます。

河原宿は以前は広大なキャンプ地で、私も中学・高校の山岳部員だった頃、つまり40年くらい昔の話ですが、この場所で何度かテントを張ったことがあります。登山シーズンや大会などになると何十張ものテントがひしめくことも珍しくありませんでした。おまけにその頃のテントは防水性能が劣っていたので、テントの回りに水はけのために溝を掘ってめぐらすことも普通でした。これではニッコウキスゲをはじめ草地の植物はたまりませんね。年々裸地化がすすみ、ゴミやたき火跡が散在するような、ひどい状態になっていました。これが鳥海山が原則的にキャンプ禁止になった直接の理由です。

いまかつてのキャンプ地は徐々にですが植生が回復し、まったく裸のところは少なくなりました。河原宿周辺は登山者が水たまりなどを避けたり撮影のためにルートからはみ出すことを規制するためにロープが張られていますが、そのおかげで登山道のすぐ近くでチングルマやハクサンボウフウやエゾオヤマリンドウなどたくさんの種類の花を楽しむことができます。もちろんニッコウキスゲもかつての寡占的な大群落ではありませんが咲いています。

河原宿の周辺は昔から「お花畑」として有名なところで、とりわけ7月頭の山開き以降お盆くらいまでの夏山シーズンに、ニッコウキスゲがあたり一面を埋め尽くすような光景が絶賛されていました。そうした光景を実体験としてもっている人で「花が少なくなった」と嘆かれる人がときどきいます。なかには一帯の笹や灌木を刈り払って草地にすればまたニッコウキスゲのお花畑が復活できるのだと主張する人すらいます。

しかしそれは暴論というべきです。雪が少なくなって草地が減り笹や低灌木が増えるのは自然の理というもので、それは受容するしかありません。ましてその自然の摂理にさからって実際に笹薮などの大面積を刈り払ってニッコウキスゲの群落の復活を企んだ大馬鹿者もいたようですが、とんでもない話です。

蛇口交換

工房は、もともとは工務店の刻み場(建築材の加工作業所)だったのですが、それを借受しその後買い取りした際に床を張ったり、窓を増やす、事務所を作る、トイレや台所を設けるなどの手を入れています。水道設備もなぜか前の刻み場にはまったくなかったようで、当工房で入れたものです。

それから26年経ちましたが、台所のシンクのところの蛇口が壊れてしまいました。パッキンが劣化して水漏れしていたのは昨年だかに直したのですが、今度は自在吐水口(というのかな?)がばっきり折れてしまいました。材木を引っ張り出すときにほんのすこし接触しただけなのですが、折れた断面をみると経年変化で腐食し肉薄になっています。

しばらくの間は仮の吐水口を付けて使っていたのですが、やはり使いづらいし見た目も悪い。それで新しい蛇口に交換することにしました。とはいっても業者に頼めば当然ながらけっこう費用がかかります。部品代はたいしたことはないでしょうが、工賃ですね。それで自分で交換することにしました。

ホームセンターで探してみると同じタイプの蛇口が1680円。それに対し吐水口のパイプのみが1280円。これにはびっくりです。蛇口とパイプが一式セットで売買されるのが普通なので、バラにすると割高になってしまうのは理解できますが、パイプだけで1280円はあんまりな気もします。で、今回壊れたのは吐水口のパイプだけですが、蛇口も以前にパッキンを交換したことがあるので、結局セット品を買うことにしました。売り場には節水型の蛇口とか泡沫吐水型の蛇口なども並んでおり、興味深く眺めはしたのですが、値段もずっと高いし必然性もなさそうなので、ごく普通の一般的な蛇口にしました。

工房にもどり、さっそく蛇口を交換することに。まず古いのを外さなければなりませんが、専用の工具はありませんからモンキーレンチで回したのですが、硬いのなんの。蛇口自体が壊れてしまいそうなきつさです。水道管との連結部に潤滑油をしみ込ませたりしながらやっとのことで外しました。錆が浮いてちょっとやつれた感じの水道管をきれいに掃除して、新しい蛇口をねじこんだのですが、傷が付かないようにガムテープなどを幾重にも巻いてモンキーレンチで回したにもかかわらず、やっぱり少しだけ傷になってしまいました。

写真は新旧の蛇口です。黄色いのは破損防止にいくらかでも役立つようにと、目立たせるために巻いたビニールテープです。新品はとても快適です。ハンドルは軽く気持ち良く開閉できるし、自在吐水口は滑らかに無音で左右に動きます。ささやかながら「自分で直した」という満足感もあります。

 

ある日の釜磯

 

大昔、鳥海山から流れ出した溶岩が日本海に達し、そこで急激に冷やされたために山形県と秋田県の県境付近の海岸は、数十mの断崖絶壁になっています。釜磯もそのひとつで、崖の下の海から露出している溶岩が半円を描いて小さな湾状態になっています。それで釜磯。

ここの海岸や、湾内ならびに沖合の海底からは、世界的にみても最大級の湧水があることが分かっています。

 

秋澄む

 

「秋澄む」という言葉だけで俳句だと代表的な秋の季語なんですね。同様に「澄む秋」「空澄む」も秋の季語です。たしかに他の季節に比べると大気や空の透明度が高いような気がします。気温が低めで、10月11月などは晴れの日が多く日中だともややかげろうが立ちにくいためでしょうか。

空気も澄んできますが、それと同じくらい、いやそれ以上に実感するのは渓谷の流水です。樹々や草花の緑も盛りをすぎて葉を落とし枯れ伏していくにつれ、林床や渓流にさしこむ陽光が増えてきますし、水勢も安定しているので、流れゆく水が輝いて見えます。ふだんももちろん非常にきれいな水ですが、この季節はいちだんと透明度や清澄さを増したように感じられます。

写真はいずれも10月下旬に鳥海山中の月光川水系で撮影しました。上から二ツ沢、月山沢、ヒノソです。コンパクトデジカメで手持ちの撮影なので、思ったようには撮れていませんが。

 

椅子のクリーニング

 

酒田市内の某飲食店に昨年納めた椅子の若干の追加加工とクリーニングを行いました。夜、お店が営業を終えられてから受け取りに行き、工房で加工・作業をして、翌日午前10時にはまたもどすというややハードな仕事です。写真は無事作業が完了し、車に積み込む直前のものですが、16脚並ぶと零細工房にとってはそれなりに「壮観」ではありますね。

業務用ということでコスト的に大きな制約があり、当工房の標準的仕様の椅子に比べるといくらか簡略な作りですが、それでもオニグルミのオール無垢材でしっかりホゾ組みしてあります(お店のテーブルや座卓も同様な作りです)。座面は例によって水平&完全フラットです。

クリーニングはメタノール(メチルアルコール)をしみ込ませた布で徹底的に拭き取ったのですが、椅子2脚くらいで左の写真のようになりました。もちろん言うまでもなくお店で日常的に手入れは行なわれているのですが、超繁盛店であり油分を多く含む汚れということもあって、対応に限界があるかもしれません。使用頻度がいかに激しいかは座面等の照り具合をみれば一目瞭然です。全艶消塗装したはずの表面が艶有塗装のようにてかてかになっています。

それはそうとして、家具の製作者として気になったのは、座面についた無数ともいえる傷です。形状からいってジーンズなどの金属ボタンやリベット、ファスナー等がこすれた跡でしょう。あるいは今流行(?)のベルトに鍵などをじゃらじゃらいっぱいぶら下げている、その影響ですかね。お客様の格好や身につけているものにまで苦情をのべるわけにはいきませんが、家具の作り手としては要注意事項として記憶にとどめておきたいと思います。

 

ミヤマウメモドキ

 

 

数日前、鳥海山の湧水を調査していたときのことです。南西面のある湿原の中をぐるっと歩き回っていたら、背丈を越す葦原の向こうになにやら赤い塊が見えてきました。紅葉とも雰囲気が違います。近づいてみてたいそう驚きました。高さ3m、幅5mくらいの樹に直径1cmくらいの赤い実が鈴なりになっています。数千個はありそうです。

公園とか人家とか、人手で植えられた樹木の果実の群生にはあまり興味関心がありませんし、とりわけ園芸的改良が加えられた樹にいくらたくさんの実が着いていても「ふ〜ん」という以上の感想はありません。むしろ嫌味に思うくらいです。しかしこういう人知れぬ秋の湿原の中での偶然の邂逅は、目くるめくものがあります。

あたりをよく見回すと同様の樹が数本ありました。私は樹木となると草本よりさらに知識がとぼしいので、この樹がなんという樹なのか皆目わかりません。まだ湧水等の調査も残っているので、とりあえず写真を何枚か撮って、後で調べてみることにしました。

最初は初心者向けの樹木の図鑑をぱらぱらと。どうやらモチノキの仲間らしいことは分かりましたが、1冊本に日本の樹木が約230種載っているだけの簡易な本なので、モチノキ科+赤い実となるとソヨゴ、ウメモドキ、モチノキ、クロガネモチ、アオハダしか載っていません。説明や写真を見てもどうも違うようです。それで次にもうすこし詳しい三冊本の中級者向き(?)の図鑑をひもといたらミヤマウメモドキがありました。解説を読むと「本州〜近畿地方の日本海側。山地の湿ったところに生える」などとあり合っています。果実や葉、樹皮、樹形などの写真もよく合っているようです。さらにインターネットにもあたってみました。

以上の結果、100%の自信はありませんが、おそらくこれはモチノキ科モチノキ属ミヤマウメモドキ(Ilex  nipponica)です。学名にニッポニカとあるようにわが国の固有種ですし、絶滅危惧種とまではいきませんが比較的珍しい樹木でもあるようです。氷河期の遺存種とも。雌雄別株の落葉広葉樹、6月頃に本年枝の葉腋に梅の花に似た白色花が数個ずつ集まって咲くとありますが、その時期に湿原に踏み込むのは虫やら蛇やらたいへんでしょうね。