数日前、鳥海山の湧水を調査していたときのことです。南西面のある湿原の中をぐるっと歩き回っていたら、背丈を越す葦原の向こうになにやら赤い塊が見えてきました。紅葉とも雰囲気が違います。近づいてみてたいそう驚きました。高さ3m、幅5mくらいの樹に直径1cmくらいの赤い実が鈴なりになっています。数千個はありそうです。
公園とか人家とか、人手で植えられた樹木の果実の群生にはあまり興味関心がありませんし、とりわけ園芸的改良が加えられた樹にいくらたくさんの実が着いていても「ふ〜ん」という以上の感想はありません。むしろ嫌味に思うくらいです。しかしこういう人知れぬ秋の湿原の中での偶然の邂逅は、目くるめくものがあります。
あたりをよく見回すと同様の樹が数本ありました。私は樹木となると草本よりさらに知識がとぼしいので、この樹がなんという樹なのか皆目わかりません。まだ湧水等の調査も残っているので、とりあえず写真を何枚か撮って、後で調べてみることにしました。
最初は初心者向けの樹木の図鑑をぱらぱらと。どうやらモチノキの仲間らしいことは分かりましたが、1冊本に日本の樹木が約230種載っているだけの簡易な本なので、モチノキ科+赤い実となるとソヨゴ、ウメモドキ、モチノキ、クロガネモチ、アオハダしか載っていません。説明や写真を見てもどうも違うようです。それで次にもうすこし詳しい三冊本の中級者向き(?)の図鑑をひもといたらミヤマウメモドキがありました。解説を読むと「本州〜近畿地方の日本海側。山地の湿ったところに生える」などとあり合っています。果実や葉、樹皮、樹形などの写真もよく合っているようです。さらにインターネットにもあたってみました。
以上の結果、100%の自信はありませんが、おそらくこれはモチノキ科モチノキ属ミヤマウメモドキ(Ilex nipponica)です。学名にニッポニカとあるようにわが国の固有種ですし、絶滅危惧種とまではいきませんが比較的珍しい樹木でもあるようです。氷河期の遺存種とも。雌雄別株の落葉広葉樹、6月頃に本年枝の葉腋に梅の花に似た白色花が数個ずつ集まって咲くとありますが、その時期に湿原に踏み込むのは虫やら蛇やらたいへんでしょうね。