上の写真は今年9月下旬の、河原宿から頂上方面を眺めたものです。あいにく適当な花の写真はありませんが、ニッコウキスゲは鳥海山では低山地から亜高山帯まで、湿った草地や岩場に生えるユリ科キスゲ属の植物です。7〜8月にクロームイエローのラッパ状の花が群れて咲いている光景は、登山者にはおなじみの光景でしょう。
しかしこのニッコウキスゲが最近は、昔(数十年〜)にくらべずいぶん減ったという声をときどき耳にします。たとえば河原宿付近では以前のようなあたり一面を黄色に染め上げるような大群落は見られなくなった、などです。今でも咲いていないわけではありませんが、たしかに点在する感じで他の高山植物と混じって咲いており、ニッコウキスゲだけがとくべつに目立つというのではありません。
その理由は私はふたつあると考えています。ひとつは地球温暖化=気候変動のため鳥海山でも降雪量が減りつつあることです(上の写真の雪渓の縮小ぶりを見てもそのことがうかがえます)。ニッコウキスゲが咲いている場所は、風下にあたる尾根の東側や雪が吹きだまるような緩やかな盆地で、いずれも最後まで長く雪が残りそのために灌木や笹などが侵入できないような場所です。雪がほとんど消えた秋口に遠くから山肌を眺めると淡い緑色で平面的に見えるところですね。そういったニッコウキスゲの適地(?)が降雪量が減ることで縮小しているのではないでしょうか。
もうひとつの理由はキャンプ地の撤退です。現在鳥海山は原則的に全域で幕営禁止です。テントを張って野外でキャンプすることができなくなりました。山小屋のまわりなどで特別に許可された場所でしかテントを張ることはできません。ニッコウキスゲが咲くような比較的平坦な草地というのはテントを持参してキャンピングするには絶好な場所ですが、過度に連続的にそうした利用が続くと植物が枯れてしまいます。平地や低山地であれば草刈りを何度やってもまたすぐに草薮になってしまいますが、山岳地では厳しい環境に耐えてやっと植物が生えているわけですから、キャンプとか踏圧にはたいへん弱いわけです。植物が枯れてしまえば地面が露出し裸地となって、大雨が降るたびに土壌が流出してしまいます。
河原宿は以前は広大なキャンプ地で、私も中学・高校の山岳部員だった頃、つまり40年くらい昔の話ですが、この場所で何度かテントを張ったことがあります。登山シーズンや大会などになると何十張ものテントがひしめくことも珍しくありませんでした。おまけにその頃のテントは防水性能が劣っていたので、テントの回りに水はけのために溝を掘ってめぐらすことも普通でした。これではニッコウキスゲをはじめ草地の植物はたまりませんね。年々裸地化がすすみ、ゴミやたき火跡が散在するような、ひどい状態になっていました。これが鳥海山が原則的にキャンプ禁止になった直接の理由です。
いまかつてのキャンプ地は徐々にですが植生が回復し、まったく裸のところは少なくなりました。河原宿周辺は登山者が水たまりなどを避けたり撮影のためにルートからはみ出すことを規制するためにロープが張られていますが、そのおかげで登山道のすぐ近くでチングルマやハクサンボウフウやエゾオヤマリンドウなどたくさんの種類の花を楽しむことができます。もちろんニッコウキスゲもかつての寡占的な大群落ではありませんが咲いています。
河原宿の周辺は昔から「お花畑」として有名なところで、とりわけ7月頭の山開き以降お盆くらいまでの夏山シーズンに、ニッコウキスゲがあたり一面を埋め尽くすような光景が絶賛されていました。そうした光景を実体験としてもっている人で「花が少なくなった」と嘆かれる人がときどきいます。なかには一帯の笹や灌木を刈り払って草地にすればまたニッコウキスゲのお花畑が復活できるのだと主張する人すらいます。
しかしそれは暴論というべきです。雪が少なくなって草地が減り笹や低灌木が増えるのは自然の理というもので、それは受容するしかありません。ましてその自然の摂理にさからって実際に笹薮などの大面積を刈り払ってニッコウキスゲの群落の復活を企んだ大馬鹿者もいたようですが、とんでもない話です。