自分の部屋で十数年来使っている『角川類語新辞典』です。1981年に第1刷発行ですが、私が持っているのは2002年発行の第33刷。著者は大野普と浜西正人。装丁(奥付には造本と記)はやはり杉浦康平です。やはり、予想どおり、というのは、物としての見た目は非常に洗練されておりかつ独特でもあり美しいのですが、辞典としての使い勝手はあまりすぐれているとはいえません。
とくに索引のところの数字などが小さすぎて、ちょっと暗いところだと判読できません。視力が弱い人だと拡大鏡でもないと読み取り不可能でしょう。サイズだけでなく書体もポイントを小さくして用いるには適していない書体です。文字が文字そのものとして扱われているというよりも、ビジュアルの一要素として扱われているきらいが彼の装丁やデザインにはしばしばあります。この辞典の全面がそうであるということではありませんが、部分的にせよ本末転倒ではありますね。文字はまずなにより容易に正確に判読できることが第一であり最優先であって(とくに本の場合は)、見た目のどうのこうのはその以降にくるものでしょう。
それは置いておくとしてですが、私は俳句を作ったり原稿を書いたりする際に、この辞典はたいへん重宝しています。例えば「執筆—文章を書くこと」の項をみると(p304)、書く・筆を執る・筆を走らせる・筆を染める・書き残す・書き立てる・書き捨てる・書き下す・書き下ろし・草する・執筆・起草・起筆・起案・起稿・書き物・加筆・補筆・補綴・略記・略筆・特記・特筆・詳記・直筆・曲筆・健筆・擱筆・筆を擱く・脱稿・ペンを折る・筆を断つ・筆を捨てる、と34語も出てきます。もちろん同じ書くでも「記載」や「記録」に関係する言葉も加えると上記の5倍くらいの言葉が出てきます。まったく驚きですね。
もうひとつ紹介すると、「速い—動き・速度が大である」の項には(p150)、速い・速やか・快速・急速・高速・迅速・敏速・神速・疾風迅雷・目にも留まらぬ・脱兎・矢の如し・一瀉千里・疾く・疾っ疾と・捗捗しい・スピーディ・着々・とんとん・見る見る・ぐいぐい・ぐんぐん・ずんずん・どしどし・どんどん・飛躍的・めきめき・めっきり・颯と・さっさと・すっと・長足、とこれも32語も載っています。またまたびっくりです。
これらは大きくは同じ意味合いの言葉ながら、微妙にニュアンスと味わいが異なり、前後の文脈と時と場面によって「これは使えるor使えない」の判断がなされることになります。俳句でも最初の下書きではもっともふつうに「速やかに」としてみたものの、推敲の過程で「着々と」に替えたほうがぴったりくるという例はいかにもありそうです。
頭にぱっと浮かんでくる言葉などたかが知れていますが、あらためてその言葉の周辺を類語辞典で調べてみるとはるかに広い海が広がっていることがわかり、嬉しくもありまたうちのめされる思いです。