月別アーカイブ: 1月 2017

コーヒーブレーク 96 「あふりか」

 

 

若水のとりどりのかたちに汲まれおり

[わかみずの とりどりのかたちに くまれおり] いまも健在であるが、実家には自噴の井戸があったので、元旦の朝は井戸蓋に小さな鏡餅をそなえるとともに井戸水を薬缶や鍋に汲んで家の中に持って行くのも子供たちの務めであった。すでにその井戸には電気のポンプがしつらえてあったので、台所で蛇口をひねれば水は出てくるのだが、正月だけはやはり手で井戸水を汲むのが習わしである。

軽トラの運転手付きの礼者かな

[けいとらの うんてんしゅつきの れいじゃかな] 一人で仕事をするようになってから当工房では軽トラを手放してしまったが、悪路の走破性と荷物搭載の汎用性・柔軟性はたいしたものである。ぬかるんだ泥道だろうが、砂浜だろうが、数十センチの雪だろうがどこでも走っていく。4輪駆動にすればジムニー顔負けである。荷物の搭載はいちおう350kgまでとなっているが、実際にはその2〜3倍くらいまで大丈夫なようにできているし、平らでオープンな荷台なので、多少は荷台からはみ出たものも載せて運ぶことができる。/運転室はさすがにちょっと狭いので長距離運転は疲れるが、近在を走り回るにはとても利便性が高く、経済的な余裕があっても定年退職してからはもっぱら軽トラを自家用・自分用の車にしている人は珍しくない。

あふりかのけやきでつくられ獅子頭

[あふりかの けやきでつくられ ししがしら] 材木市場における通称のアフリカケヤキとは、ジャケツイバラ科アフゼリア属のアパ、ドウシエ、リングワ、パチロバ、チャンフータなどの樹種をいう。ケヤキに似た褐色〜黄褐色の固く丈夫な材で、直径1m以上の巨木になることから、枯渇しつつあるケヤキの代替材として使われている木である。とりわけ寺社仏閣の柱などは今やこれらのアフリカ産の巨木なくしては建てることが不可能であるといわれる。/むろんアフリカならばそういった巨木がたくさん生えているのかというと当然そんなことはない。単に需要と供給との関係であり、莫大な輸送費をかけてもケヤキよりは安上がりという意味でしかない。しかし他の国の貴重な大木・巨木を消費してまで寺社仏閣をどうしても建てねばならないのだろうか? それは自然を崇敬すべしという教義に反するのではないのかね。

 

チャッカマン TURBO

 

工房ではお湯をわかす必要もあって、今でも電気を使わない昔ながらの石油ストーブも使っていますが、それの点火に用いていたマッチが切れてしまったので、ホームセンターに買いに行きました。すると、点火棒型のライターの代名詞になっているチャッカマンの新しいモデルに「チャッカマン ターボ(TURBO)」なるものが出ていました。値段は旧来型の倍くらい(400円前後)しますが、試しにひとつ買って使ってみると、とても具合がいいです。

パッケージにCRとあるのは「チャイルド レジスタンス」の略で、子供の火遊びを防止するために点火のスイッチ(引き金)をわざと重くしています。たしかに私でも固いと感じるので、小さい子供の握力ではスイッチを引くことはできないと思います。

もうひとつはターボで、風がある場合でも火が消えにくいように先端の風防がしっかりしているのと、ジェット式にすこし噴射するような感じで炎が出ます。三つ目はその炎がオレンジ色になることです。これまでの青白い炎にくらべ、明るいところでも炎の確認がしやすいです。先端のところをよく見るとパイプの中に黒い粒がひとつ宙づりに張り渡してあるみたいになっていますが、これが「触媒」かなにかとして作用して青白い炎をオレンジ色に変えるのかもしれません。

ふつうのチャッカマンは以前はわりあいよく使っていたのですが、なかなか点火しなかったり、点いてもすぐ消えたりで具合がわるいことがたびたびあって、しばらく敬遠していました。一方、昔ながらのマッチは確実に火はつくものの、やはり消したあとの木軸の処分がやっかいです。というわけで、またチャッカマンのお世話になりそうです。

 

青猫句会 2016.12.21

 

定例の青猫句会12月ぶんです。毎回、この句会は酒田駅にほど近い「アングラーズ・カフェ」というお店を借り切って、午後6半〜9時に開催しています。今回の参加者は相蘇清太郎・今井富世・大江進・大場昭子・佐藤歌音・佐藤や志夫(やは弓+爾)・南悠一、当句のみは齋藤豊司の、合わせて8名でした。

句会はここでは其の一と其の二の2部にわけて行います。参加者は事前に無記名で2句投句するのですが、おおむね当季の季語を入れるという以外の制約はありません。五七五の定型や旧仮名遣いも強制ではありません。
では其の一から。

4 終日身を投げ出して冬の波
3 冬ざれや重たき頭に眉画きぬ
2 里神楽精霊交りて長閑なり
1 雪来るをこんこんと待つ愚夫愚妻
0 石棺の雪の即身仏の物語る
2 美ら海のあまたの命冬茜
1 大根の身も凍みあがる冬至まえ
1 冬いちごのタルトあえかな水底

最高点は最初の句の<終日身を投げ出して冬の波>です。日本海は冬の間は北西の風がもろに吹きあたるので、波が高いことがふつうです。波頭がど〜んとくずおれる様は、まるで五体投地のよう。ただしこの句は必ずしも波自体の様相だけを表しているのではなく、それを眺めている人間の心理をも表しているようです。「終日(ひもすがら)」→「終日(ひねもす)」ときくとどうしても与謝蕪村の超有名句<春の海ひねもすのたりのたりかな>を想いだしてしまいますが、それとの対比もあります。作者は私です。

次点3点句は2句目の<冬ざれや重たき頭に眉画きぬ>。冬場の荒涼とした景観のなかにあって人の心もどうしても重く暗くなりがちですが、頭(こうべ)に眉を描く=心機一転をはかる、という感じは共感できます。いつまでもこうして沈んではいられないという。私も取りました。しかし作者の相蘇清太郎さんによれば、これは亡くなった母上のこととのことで、つまり死化粧ですね。たしかにそれならば「顔に眉」ではなく「頭に眉」です。

2点句は二つ。はじめの<里神楽精霊交りて長閑なり>は民衆の踊りである里神楽を舞っているうちにいつしか霊がのりうつってしまったという図ですが、それは長閑とは言いがたいのではないでしょうか。むしろかなり怖い、気味のわるい状況ですね。もちろんそのあとで「われにかえって」最後はなごやかな雰囲気のうちに終了したのかもしれませんが。作者は齋藤豊司さん。

次の<美ら海のあまたの命冬茜>は、美ら海といえば沖縄の光り輝く豊穣な海をイメージします。「数多の命」ですね。けれどもそれ+冬の夕焼となると絵はがき的になってしまい、かえって嘘くさく軽くなってしまうようです。作者は佐藤歌音さんですが、先般沖縄に行かれたそうです。海に向かい、美しいだけでなく多くの戦没者のことを思ったとのことですが、読者にはそれは伝わりにくいでしょう。

1点句<冬いちごのタルトあえかな水底>は私が取りました。苺のゼリーを使ったタルトという菓子の、赤く透けて見える様が水底のようだという感覚は新鮮です。しかし語調はあまりよくないと思います。俳句というより詩の一節のようで、ぶつ切り感があります。作者は南悠一さん。

点数は入りませんでしたが<石棺の雪の即身仏の物語る>について。まず読みですが「かろうとの ゆきのほとけの ものがたる」とのこと。即身仏とはわが身をミイラ化して仏と成すということですが、作者の佐藤や志夫さんの話では全国に22体ある即身仏のうち6体が庄内地方にあるとか。断食をして身体の余剰を極力そぎおとしてから土中に籠るのですが、木製の囲いだけでは腐ってしまうので、石で囲った空間に設置するようです。それが「かろうと」。しかしながら、宗教的な熱意というよりは実態としては「寺の経営上の理由」というのがほんとうのところだと。したがって地下に籠るのは上位の僧侶ではなく最も下位の僧侶であるとか、行き倒れた無名人を身代わりに仕立てたらしいとも。ただ俳句としては「かろうと」ではほとんど誰にも意味不明でしょうし、即身仏に「ほとけ」とルビをふることや、最後に「物語る」と結んでしまうのもよくないと私は考えます。

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参加人数が少ないと句を取った人も取らない人も全員が発言し、全部の句に言及できるのはいいのですが、半面誰の句であるかがすぐ分かってしまいがちで、緊張感にも欠けるというきらいがあるかもしれません。
小休止のあと、其の二です。

1 心にもうらおもてあり虎落笛
1 風さえも容赦も無しの師走かな
2 大霜の残土の山のかがやけり
3 約束の経帷子を掛け遣らむ
3 木もれ日のあまねく冬薔薇に注ぎ
0 冬ざれに異界垣間見股のぞき
3 雪蛍捕らえそこねて一人ぼち
1 ああデュラン無血革命秋震え

最高点は3点で3句ありました。最初の<約束の経帷子を掛け遣らむ>は句意は明瞭で、亡くなった方に生前に約束してあった経帷子を掛けて納棺したということですね。「約束の」が効いていますし、「掛けやらむ」という強い意志をあらわす措辞もいいです。私も取りました。作者は相蘇清太郎さんです。

次の3点句<木もれ日のあまねく冬薔薇に注ぎ>は、冬のバラだからこそ木漏れ日が効果的です。木漏れ日といっても落葉樹が多い当地では樹幹や枝越しの拡散した淡い日差しかと思いますが、咲いている花の少ない時季なのでよけい咲いたバラが注目される、日の光を集めているようだということでしょう。もちろん「あまねく」はバラを眺めている人間側の心理的なものです。作者は南悠一さん。

最後の3点句は<雪蛍捕らえそこねて一人ぼち>は私はすこし感傷的すぎるなと感じました。雪蛍は綿虫のことですが、大きさもせいぜい4mm程度で弱々しく飛ぶだけなので逆に捕獲しがたいかもしれません。「捕らえそこね」たのは実際には綿虫ではなく別のなにかの比喩ととってもいいかと思いますが。ああ、でも何度も読んでいるうちにけっこういい句かなと思えてきました。作者は大場昭子さん。

次点2点句の<大霜の残土の山のかがやけり>は私の句です。残土は土木や建築工事などの際に、地面を掘削した後の不要となった土砂のことです。瓦礫や泥が混じっていることも多く、一般には嫌われてしまうようなものですが、それが一面の霜におおわれることで光り輝いているという光景です。建設現場などで早朝にときおり見かける光景です。残土を俳句に詠んだ例はあまりないと思うのですが、むろん残土は他のもろもろの比喩でもあります。

1点句または無得点句ですが<ああデュラン無血革命秋震え>は私が消去法として取りました。ただ「デュラン」ではなく、日本語の表記では慣例としてはやはり「ディラン」でしょう。作者は齋藤豊司さん。<冬ざれに異界垣間見股のぞき>は、股のぞきに「異界」はおおげさじゃないですかね。異界はもっとおどろおどろしいもの、怖いものというニュアンスですから。

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みなさん、仕事その他で都合がつかない方もおり、今回も出席は7名でした。あまり多すぎるのもたいへんですが、若干の欠席はありうるものと考えると、もうすこしメンバーがほしいと思います。俳句に興味関心のある方はまず「見学」にでもどうぞおいでくださいませ。次回は1月18日(水)、午後6時半からの予定です。

 

三崎の樹木の植生

 

鳥海山の西の裾は日本海に没していますが、秋田県にかほ町と山形県遊佐町とで県境のはさむ両側が「三崎公園」となっています。鳥海国定公園の一部でもあります。南北1.5kmくらい、標高は約60mほどです。一帯は、ここから東に約8km離れたところにある「猿穴」という噴火口から約3000年前に流れ出した膨大な溶岩流に覆われており、凹凸が多く非常にけわしい地形です。ここを旧三崎街道が通っているのですが、昔から難所として知られていた険しい街道でした。

さて1枚目の写真は三崎公園のいちばん南側にある「不動崎」を国道7号線沿いのさらに南側の地点から眺めたものです。山の左側がおおむね枯れた茶系色なのに対して、右側はきれいな緑色です。尾根を境にしてくっきり植生が分かれていることがわかります。左はイタヤカエデ、ケヤキ、ヤマザクラ、カシワなどの落葉広葉樹、右側は常緑の広葉樹であるタブノキが主体です。

タブノキはクスノキ科タブノキ属の常緑高木で、樹高は10〜15mくらいになります。分布は本州では東北中部以南とされ、沖縄・朝鮮・中国・台湾と、比較的温暖な気候のところに生えている樹木です。別名イヌグス、タマグス、ヤマグス、ツママ。朝鮮語のトンバイ(独木舟)という方言がなまってタブ、そしてそのタブを作る木のことをタブノキと呼んだという説もあるようです。

基本的に温暖な地の樹木なので、雪がたくさん積もるところや寒風にもろにさらされる、常に気温が零下になるようなところには生育できません。「自然植生の群落」としては秋田県にかほ町金浦の勢至公園のものが最北のようです(すこし前までは飛島が北限と私も説明していたのですが、ちがいましたね)。したがって三崎公園の場合は、北西の寒風が直接当たる風衝側には生えることができず、風下の風背側にだけ生えています。にかほ市の九十九島の中でやはり風下側にだけタブノキが生えている島がありますし、女鹿や鳥崎・吹浦・箕輪、そして飛島でも同様に風下でかつ陽がよく当たる南側にしかタブノキが生えていないところが何カ所もあります。

夏場だとどこもかしこも緑一色なので、上に述べたような植生の違いは遠目には、また素人目にはほとんどわかりませんが、今の時期だと誰でもはっきりくっきり指呼できます。(※ 写真は12/22撮影)


植生だけでなくこの写真からは、猿穴溶岩が海に向かって急激に流れ落下ったようすもよくわかる。


南端の駐車場に車を置いて、海岸よりの崖の上にのびる遊歩道をすすんでいくと、ほどなく東屋がある。これより左は崖であり、東屋から尾根に向かっての右側の斜面もあまりに風が強くまた潮の影響もあるのか、ススキと低灌木のみの植生である。夏場にはノカンゾウ(野萱草)が咲き乱れるという。


東屋のすぐ近くに屹立する大岩。向こうが南だが、なにやら亀のような形である。岩かげから身を乗り出して海を眺めているような(実際に亀岩とでも名付けられていたような記憶が昔あるが)。

 

今年の個展予定

 

あけましておめでとうございます昨年中はみなさまにたいへんお世話になりました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、昨年は地元の酒田市で個展を行ないましたが(清水屋4階の画廊、ミュージアム5にて、11/2〜8)、今年は5月31日〜6月5日に東京都町田市の小田急町田店7楷美術サロンにて当工房=大江進の個展を開催することになりました。首都圏の百貨店の画廊で個展を行なうのは初めてのことですが、展示内容は基本的には昨年と同じく「蓋付の刳物」がメインで、あとは定番の小物類と、若干の小さめの家具になるかと思います。

これは昨年の個展をご覧になられたバイヤーの方がとても気に入られて、取引のある小田急町田店と交渉した結果決まったものです。まことにありがたいことです。あらためて感謝申し上げます(下の写真は日本画の作家がその画廊で個展を行なった際のDMを、参考までにということでバイヤーの方からいただいたものです)。