月別アーカイブ: 10月 2016

コーヒーブレーク 90 「きりん」

 

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十月やきしと引き締め水平線

[じゅうがつや きしとひきしめ すいへいせん] 寒くなってきた。天気予報でも最低気温が10℃を下回るようになるのもじきである。それでも日中は天気がよければ暑いことも多く、いまだに私はたいていTシャツ1枚ですごしている。そういえばこのTシャツというのも考えてみれば偉大な発明ではある。下着のシャツのようでいて下着ではない、上着として着てもまったく違和感がないというのはじつにすばらしい。生地自体も形状も下着とされているものとほとんど同じものなのに、この差はいったいなんだろうか? 基本同じものなのに違った意味が付与される。それはたぶん記号論の世界になるのだろうが、私にゃよく分からんので以下省略。

秋冷の道を掃きたる風車かな

[しゅうれいの みちをはきたる ふうしゃかな] 発電用の大型の風車がずいぶん増えた。近くでは庄内砂丘、県境を越えるとにかほ高原には風車が列を成している。鳥の衝突や低周波の問題などはたしかにあるが、それでも原子力発電よりは断然いいし、石炭や石油や天然ガスを輸入しての火力発電よりもまだましだとはいえるだろう。ほんとうはいちばんいいのは火山大国であり地震大国でもある地下エネルギー、すなわち地熱発電こそが自前の資源かつ半永久的に使用可能な資源という意味で最適と思うのだが、既存の利権構造&組織が邪魔をしてなのかいっかな普及進展しない。もちろん地熱発電にもメリットとデメリットが当然あるが、大局的・長期的な判断をしなければならない。日本には地熱発電の高度な技術はあるらしいのだが、それが国内ではあまり活かされていない。もったいない話である。

動物園きりんの首が逃げておる

[どうぶつえん きりんのくびが にげておる] 今年はまだ動物園にも水族館にも行ってない。ジオパークがらみの講習会やイベントがいくつもあり、本業の木工の個展が11/2〜8にあるので、それに出すものの製作や諸々の準備があってなかなか時間がとれない。登山やハイキングにもあまり行ってない。/動物園の目玉といえば、パンダは別格としてまずはゾウでありキリンである。日本にはいないし、日本にいる獣にくらべれば異形といっていい姿形であり、しかもとてつもなく大きい。昔の人ははじめてゾウやキリンを目にしたときどんなに驚いたことだろう。

 

桐箪笥の再生

 

製造してからおそらく80年くらいは経っていると思われる桐箪笥2棹をリニューアルしました。当初はもとのように砥の粉塗布+うづくり仕上げのつもりでいたのですが、実際作業をはじめてみると予想以上に痛みがはげしく、大小の傷が無数といっていいほど。汚れも表面だけでなくかなり内部まで染みになってしまっているところがいくつかあり、板の割れも数カ所ありました。

そこで途中で方針を変えて、ウレタンの半艶塗装で仕上げることにしました。着色はしていないのですが、透明な塗装を4回施しただけで、まるでケヤキの箪笥のような色合いと雰囲気になりました。下の写真ではわからない小さな傷や染みはありますが、それも長年使い込んだ感じの味と化しています。

お客さんの意向としても今後かならずしも和服等の収納として使われることでもないようでしたので、こうしてしっかり塗装してしまえば納戸ではなく居間などの表に出して使っても大丈夫です。手あかがつく心配もありません。とくに3段重ねのものは中段を抜いてしまえば高さ105cmになるので、畳の茶の間に置いて使っても圧迫感はないでしょう。

あと今回の大きな変更としては、段重ね用の側面の連結金具を廃したことです。二人がかりでよほど注意して重ねたり外したりしない限り、その金具のでっぱりで箪笥本体が傷だらけになってしまいます。今回の箪笥の場合も金具は潰れたり切れたりしており、再生はとうてい不可能な状態。仮に新しい金具に交換しても同様の問題が起こる可能性は大きいでしょう。ということで、金具のあった位置は全面掘り込んでアメリカン-ブラック-ウォールナットで象嵌風にしました。ただしそれだけでは上下を重ねたときに地震等で簡単にずれてしまい危険なので、下になるほうの箪笥の天板に、径12mmの棚受用の金属ダボを4カ所埋め込みました。不要なときは簡単に手回しで取り外しできます。

 

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雑草とよばれ

 

工房の前の未舗装のちょっとした空き地に生えたイヌタデ(1枚目)、キンエノコロとアキノエノコログサ(2枚目の手前と後方)です。イヌタデは俗にアカマンマ、エノコログサはネコジャラシともいわれ、親しみぶかい植物です。私は園芸花などとはまたちがった美しい花であると思いますし好きな花ですが、一般的には「「ただの雑草」とよばれ、たいして注目もされずすぐに刈払されてしまうことが多いのが残念です。

「雑草という植物はない」と口にされたのはかつての昭和天皇ですが、これはたいへんな慧眼でしょう。天皇制や昭和天皇にはいろいろ思うことはあるのですが、すくなくともこの言葉には深くうなづくものがあります。たしかにどれひとつとってもちゃんと名前があり、無名の草、雑草などというものはけっしてありません。

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