日別アーカイブ: 2016年9月12日

コーヒーブレーク 87 「安息角」

 

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秋めくや山の安息角三十五度

[あきめくや やまのあんそくかく さんじゅうごど] 安息角とは土や砂などの堆積物が崩れないで自立的に安定しているときの最大角度のことをいい、一般に自然の地面では35度くらいといわれている。がっちり固まった巨大な一枚岩であるとか、粘土質などの場合はもっと急勾配になることもあるが、それはあくまで部分的であり例外的。巨視的に眺めてみれば、急斜面といってもほとんどは35度程度にすぎない。鳥海山のような火山の場合は溶岩流や火山灰や岩屑流などが数十万年といった長い年月の間に数えきれないほど何度も積み重なったできたものなので、頂上付近の急斜面でも遠く離れて眺めるとたしかに35度くらいであることが分かる。

十三夜のような網膜剥離のような

[じゅうさんやのような もうまくはくりのような] もう十数年前のことになるが、私は右目に視野の以上を感じたことがあって、眼科医にいったところ網膜剥離のおそれがあるということで、大きな病院での検査をすすめられたことがある。検査の結果、網膜穿孔、つまり網膜の一部に小さな穴が開いてそこから眼球内に侵出物がわずかだが出ている状態だとのこと。そのままにしておくと失明のおそれもあるということで、即日レーザーを使ってその穴を塞ぐことになった。/瞳を大きく開いた状態にする点眼薬を投じ、ついで手術用の特殊なコンタクトレンズをはめてそれからレーザーを当てるのだが、「まぶしくとも絶対に目をとじたりまたたいてはいけない」と厳命されての手術はひどく緊張した。たぶん時間的には2、3分程度のものだったと思うが、「終わりましたよ。確認します」と医師に告げられて気が抜けたとたんに、椅子の上で前のめりに失神したことがある。

ひだひだの茸の空の広ごりぬ

[ひだひだの きのこのそらの ひろごりぬ] 山菜採りは私はまずやらない。茸も採らない。そういうものを採らなくとも野菜などは簡単に入手できる(妻の実家からもらうことが多い)からという実際的な理由もあるが、レジャーで自然の植物を採って食うということに対して、いうなれば罪悪感や羞恥心みたいなものが私にはある。とくに春先に山中で目当ての山菜を採らんがために、萌え出した他の植物を平気で踏んづけていく人たちに出会うとそれを強く感じる。急斜面の土壌は非常に薄くもろいので、早春の場合はとくに人が上り下りするだけでかなりダメージを受けるはずである。文字通りに「生きる」ために野山のものを採る(穫る)のはそれはしかたがない。しかし単なる娯楽で採る(穫る)のはよほど慎重にしないとね。