月別アーカイブ: 4月 2017

獅子ヶ鼻湿原へ

 

4月23日は午前中に平成29年度の鳥海山・飛島ジオパークのジオガイド上級講座の第1回目がありました。私は1期生で、すでに認定ガイドとなっているので、2期生が対象となる本講座には必須ではなく、希望者のみの自由参加です。私は遊佐エリアと酒田エリアの受講を申込しています。せっかく象潟まで行ったし天気もいいしということで、午後からは鳥海山北面の標高500m付近にある獅子ヶ鼻湿原に出かけました。

入口の「中島台レクリエーションの森」駐車場まではだいぶ前に道路の除雪はされているのですが、それより上は夏道の歩道はほぼ全体がまだ雪に覆われていました。しかし先行者の足跡が雪面についていたのと、ここには無雪期ですが何度も来ているので、なんとか地形を読みながら全域を周回することができました。途中、高校の山岳部の一段と、女性の単独行一人とすれちがった以外はほかに登山者はおらず、とても静かでゆっくりとした雪山散策となりました。この時期ならではの景観もいろいろ味わうことができてよかったです。

 

キタコブシとナガハシスミレ

 

これは酒田市の八森自然公園(旧八幡町)内のキタコブシの白い花、ナガハシスミレの薄紫色の花の群開です。いずれも公園内なのでまったくの自然というわけではありませんが、かといって人工的に植栽されているのではなくもともとあった草木の人為的な選別や手入れがある程度はなされているといった感じの生え方です。

とくに下のナガハシスミレには驚きました。数百株がいっせいに花を咲かせています。園芸花の群落にはさして興味がない私ですが、これには衝撃を受けました。

 

 

ハードメープルのプレーンプレート

 

北米産のカエデの仲間であるハードメープル(樹種としてはおそらくシュガーメープル)で作った2枚のプレーンプレートです。大きさは径約32cmと大きめで平たい皿のような作りです。縁はいくらかはねあげていますが、ほかはごくゆるやかな曲面となっています。ただ、高台があるので、テーブルなどに置いた場合も、テーブル面にぺったりという感じではなく、すこし浮遊したような雰囲気になります。

これまで同様のスタイルのプレーンプレートをチェリーやオニグルミやウォールナットなどで作りましたが、ハードメープルでしかもきれいに杢が全面に入った材料でこしらえたのはこれが初めて。仕上げは艶消のセラミックタイプのウレタン塗装です。汚れが染みつくことはありません。

写真の1&2枚目、3&4枚目は同じものを方向を変えて撮影しました。カーリー(縮み杢)ともキルテッド(布状杢)ともなんともいいがたい複雑な杢ですが、たいへん貴重な材料であることはまちがいありません。

販売可能です。ご希望の方はメールにてご連絡ください。


No.544 ハードメープルのプレーンプレート サイズは直径321mm、高さ30mm、内側の深さ15mm


No.545 ハードメープルのプレーンプレート サイズは直径322mm、高さ30mm、内側の深さ14mm

 

青猫句会 2017.4.19

 

恒例の毎月第三水曜日の青猫句会です。午後6時半〜9時「アングラーズカフェ」で開催しています。今回の参加者は相蘇清太郎・今井富世・大江進・大場昭子・齋藤豊司・佐藤歌音・南悠一・KAさんの8名。佐藤や志夫(やは弓+爾)さんは投句のみで、他に見学者お一人(OIさん)でした。句会の進め方はいつもどおりの、事前に無記名で2句投句、句会当日は2句ずつ2回選句です。
では其の一

2 村の子ら雲雀と揚がれ黒き土
4 さくらひとひら象の影を踏む
1 梨の花かなしきからだ覆うてゐる
2 蝶生るフォッサマグマの谷の昼
1 風ぬるみ聞こへぬ耳に桜かほる
0 春夕べ別れ惜しむか鴨の宴
2 ふらくたるふらくたる蛇穴を出づ
4 コッペパンへそにも桜花ひとつ

最高点は4点句はふたつ。まず<さくらひとひら象の影を踏む>ですが、大・小の取り合わせで、しかもふつうは大きなものが小さなものを踏むところを逆にしたのがユニーク。私も取りました。ただ一片の花びらが「踏む」というのはちょっとそぐわない感じもなくはないので、さらに要検討かなと思います。作者は南悠一さん。

ふたつめの4点句は<コッペパンへそにも桜花ひとつ>です。パンのへそというと誰しもがあんパンを想いますが、それがまずコッペパンであることに意外性があります。これも私も取りました。作者=佐藤歌音さんによれば実景であるとのことで、やはり意図的にコッペパンに凹みをつけてそこに塩漬けの桜の花を乗っけたもののようです。ただ「桜花」は音の響きがこの場合はあまりよくなく、とくにいまの時期ならなおさらですが花といえば桜に決まっているので、もうすこし推敲したいところです。

次点2点句は3句あります。一つ目の<村の子ら雲雀と揚がれ黒き土>は、草むらなどからヒバリが勢いよく空に揚がるようすを、子供たちにも期待したところでしょうか。下五の「黒き土」はたしかにまだ草もあまり萌え出していない時期の地面の色あいを指してはいるものの、どうも上・中に並べると唐突な感じはあります。切れもはっきりしません。「雲雀と揚がれ」はつまり春の季語である「揚雲雀」のことですから、それに続く言葉としてもっとふさわしい言葉がないでしょうか、とは思います。作者な相蘇清太郎さん。

二つ目は<蝶生るフォッサマグマの谷の昼>は、やはり下五が落ち着かないです。わざわざ「谷の昼」とするのも効いていないので、「谷の中」くらいでどうですかね。また上句は「蝶生れぬ(ちょうあれぬ)」とすればもっと臨場感や切迫感も出るかな。作者は大場昭子さん。

三つ目は<ふらくたるふらくたる蛇穴を出づ>は、よくわからないけれども音感や字面からは春先に蛇が穴からにょろりと出てくるようすに似合ってるかなという声がいくつか。作者は私ですが、ふらくたるはフラクタル図形のことで、部分と全体が相似形をなしているような図形のことです。難解な専門用語というほどの言葉ではないのですが、ちょっとわかりにくいかもしれません。もちろんひらがなにしたのは字の形を蛇の形態に合わせたものですが、くり返すことで呪文のような雰囲気も出そうとしたものです。

1点句の<梨の花かなしきからだ覆うてゐる>は内容が読み込めないことと「かなしき」の措辞が、<風ぬるみ聞こへぬ耳に桜かほる>は「桜」を故意に「はな」と読ませているところが、難点です。<春夕べ別れ惜しむか鴨の宴>は春の鴨の説明だけになってしまっています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

其の二です。

3 産土や絵巻あらはる春の虹
2 獣にも腰痛頭痛霾ぐもり
0 鳥曇り山影映す水面かな
2 マゼンダにかたむく午睡の木蓮
0 神輿振る小さき社の村祭
4 春そろり来てゐた朝に汽車を待ち
4 啓蟄に行き戻りする足百本
1 足腰のたたぬ身の上花は散り

最高点は4点で其の一と同じく2句です。はじめの<春そろり来てゐた朝に汽車を待ち>はやはり「そろり」に抵抗感があります。それに全体的に調べがごこちないです。もっといい季語があるのでは? 作者は佐藤や志夫(やは弓+爾)さん。

次の<啓蟄に行き戻りする足百本>ですが、啓蟄の新暦3月5日ごろは当地ではまだまだ寒く、春というよりは冬の終わり頃というところ。したがって一時の陽気で穴から出てきた虫たちもまた穴にもどってしまいそうです。私も取ったのですが、ただし啓蟄という言葉自体はやはり虫たちがいっせいに出てくるさまを意味するので、上五で一度切る。そして「にもかかわらず」穴にもどるのもいる(いそうだ)ということで、中七を「行きつ戻りつ」とするのはどうでしょうか。「足百本」はムカデととってもいいし、数多の虫たちの足ととってもいいですね。作者は大場昭子さん。

次点は3点句の<産土や絵巻あらはる春の虹>です。虹の色合いが春の虹であることによって生きてきますね。薄く、しかしはっきりと色がだんだんと浮かんでくるようすを「産土の絵巻」としたのもとてもいいと思います。作者は佐藤歌音さんですが。其の一と合わせて7点獲得。今回はいい調子です。

2点句は2句あります。はじめの<獣にも腰痛頭痛霾ぐもり>は私の句です。よく人間は二足歩行になったために腰痛に悩まされることになったと言われることがあるのですが、それはまったくの俗説。実際には獣医さんなどによれば獣にも腰痛はよくあるとのことです。「霾ぐもり」は黄砂のことですが、空がぼんやりと黄色みを帯びてかすむようすは、身体のかすかに、あるいはしくしくと痛むのに似合っているかと。もちろん「腰痛」と韻を踏んでいることもあるし、「腰痛頭痛霾」と画数の多い漢字をごちゃっと固まらせたところもとうぜん意図的です。

二つ目は<マゼンダにかたむく午睡の木蓮>はまず「マゼンダ」がわからないかもです。業界用語としてはマゼンダなのでしょうが、ほんとうはマゼンタで、印刷の三原色のひとつの赤色のこと。で、木蓮にも紫色のシモクレンがあるし、白色ながらやや色味を帯びたものもあります。この句はそのあたりの微妙な感覚を詠んでいますが、うまくいってるかどうか。作者は南悠一さん。

 

流水

 

胴腹ノ滝の近くの湧水の流れです。ちょうど樹間ごしに陽がさしてとても印象的で美しい写真を撮ることができました。水底まで鮮明に見える透明な水ならではの光です。

 

 

 

 

 

 

野の花がいっぱい

 

庭や空地、山麓の林道のそばなどにふつうの生えている山野草の花。小さく地味なものもあるが、よく見ればどれもとても美しく愛らしい。


以上3枚はわが家の近所の更地に生えていたスミレの仲間。おそらく1、2枚目はスミレだとは思うが、図鑑をみるとますます自信がなくなった。


ナガハシスミレ(スミレ科) 花の後ろの距は細長いので、これは区別しやすい。

オオイヌノフグリ(ゴマノハグサ科) フグリは陰嚢のことで果実がそのかたちによく似ていることから。しかし上を向いた空色の花はきれいだ。


タチイヌノフグリ(ゴマノハグサ科) 下に1個だけオオイヌノフグリが写っている。大きさを比べられたい。


ナズナ(アブラナ科) いわゆるペンペン草である。果実がバチ型をしていることからか。


オランダミミナグサ(ナデシコ科) ハコベの仲間は区別が難しいし”雑草”とかたづけられてしまいがちだが、よく見ればたいへん美しく愛らしい。


ミヤマキケマン(ケシ科) 黄色のケマンなのでキケマンだが、ここいらにあるのはたぶんミヤマキケマン。大型になる。


ヤマエンゴサク(ケシ科) これもケマンの仲間だが、サイズはずっと小さく草丈は10〜15cmほど。花色はさまざまが、これは一般的。


オトメエンゴサク(ケシ科) 全体的に小ぶりで、花の下の小葉に切れ込みがないことで、エゾエンゴサクと区別されているとか。


ミミナグサ(ナデシコ科) 花びらが下のほうまで深くは切れ込んでおらず、動物の耳の形のようなのでミミナグサ。


ニリンソウ(キンポウゲ科) 大群落を成していることがときどきある。1個体に2本の花をかかげることが多いので二輪草。同じ仲間に一輪草(一華)や三輪草もある。


ヒメオドリコソウ(シソ科) 大繁殖している外来種。在来のオドリコソウはほとんど見られなくなった。


セントウソウ(セリ科) ひとつの花は径1mmほどしかない。花弁は5枚。


セイヨウタンポポ(キク科) 在来のタンポポを駆逐するかと思いきや、住み分けたり交雑したりしているらしい。


キバナノアマナ(ユリ科) 私は野生では初見。アマナは白い花。


カンスゲの仲間(カヤツリグサ科) カヤツリグサは世界で2000種類くらいあるとか。私には区別が難しい。

 

『青猫』2号

 

俳句の同人誌『青猫』の第2号ができました(2017.4.20刊)。上が表紙で、下は私の11句が載っている頁のところです。

俳句は7名が各11句ずつ、俳句に絡んだ評論が2篇。表紙と中2枚の写真は土田貴文さんによるものです。昨年9月に出た創刊第1号にも「俳句を中心とした不定期な同人誌」と表紙のタイトルの脇に付していたのですが、句会が毎月順調に推移したことや、月に1000円の会費の積み立てもあることから、早期にまた刊行しようということになりました。今後もコンスタントに年2回程度発刊できればいいなと考えています。いちおう私は代表者(主宰)になっているので、がんばらないと。

俳句にご興味関心があり、ご希望の方にはお分けしますのでご連絡ください。また随時、同人を募集しています。とりあえず見学だけでもオーケーです。次回は5月17日午後6時半〜9時、酒田市の本間美術館に近い「アングラーズカフェ」というお店で開催します。いつもは句会ですが、今回は2号が出たのでそれの合評会です。

 

 

ショウジョウバカマあれこれ

 

低山から亜高山まで、湿り気のある林縁や草原などで、雪が溶けて地面が出てくると真っ先に咲き出す花のひとつがショウジョウバカマです(Heloniopsis  orientalis)。ユリ科の多年草で、葉は常緑のままで冬を越すので、花を咲かせる準備を雪の下で整えているということでしょう。

漢字で書くと「猩々袴」で、花を猩々の赤い顔に。ロゼット状の葉を袴に見立てたものと説明されますが、実際には花の色はさまざまです。たしかに赤っぽい花の割合が多いように思いますが、所によっては薄い紫のものが多い場合もあり、赤味のかなり強い個体や稀に真っ白い花もあります。

それほど珍しい花ではありませんが、場所によっては足の踏み場もないほどびっしりとショウジョウバカマの花で地面が覆い尽くされていることがあり、たいへんみごとです。

 

 

 

 

 

 

アルの水飲み

 

わが家の飼い猫アル(Albiflora ラテン語で白い花の意)はトイレの蛇口からときどき水を飲みます。直接であったり、いったん手(前脚)に受けて横向きになった水流を舌でうまくすくい取ったりします。

2枚目の写真は、鼻先に付いた水滴の舐めとり。3枚目の写真は、舌の先を後方に巻いて水をすこしためてすばやく口の中に運んでいます。ふだんボウルから水を飲むときも同様の舌の使い方です。また手は他の部分とちがって細かく短い毛がかなり密に生えているせいか、こうやって水を受けてもはねかえすだけで全然ぬれません。

ボウル(陶製のどんぶり様のもの)にいつも水は入れてあるのですが、やはり猫も蛇口からの新鮮な水のほうがいいのでしょうね。

 

コーヒーブレーク 104 「羚羊」

 

 

羚羊の現われ出でし雲の底

[かもしかの あらわれいでし くものそこ] カモシカはシカの仲間ではなくウシやヤギなどと同じくウシ科の動物であるそうな。たしかに野生のヤギという感じがする。昔に比べると鳥海山にもカモシカはずいぶん増えたように思う。国の特別天然記念物に指定されていることから狩猟圧が少ない(まったくないわけではない。林業地の食害防止のため例外的に駆除が認められる場合がある)ことが最大の理由であるように思う。/私自身が直接に視認できたのは高瀬峡、鶴間池、元滝だが、足跡ならばかぞえきれないほどごく普通に見かけるようになった。2月に猿穴の偵察に行ったときは、噴火口跡の断崖の縁に真新しいカモシカの足跡がついていた。真冬の雪の断崖の縁に身じろぎもせずに佇むカモシカ。いかにも絵になる光景ではある。

尾根をこえ谷をこえ一本の山桜

[おねをこえやまをこえ いっぽんの やまざくら]桜といえば俳句にはつきものではあるけれど、個人的には他の草木とくらべてとくに強い思い入れはない。あまたある春の花のひとつであって、それ以上でもそれ以下でもない。むろん趣味嗜好は人それぞれでいいので、桜を熱烈に好む人がいてもいっこうにかまわないのだが、他者への押しつけとなると話はちがってくる。手元の歳時記にも「花といえば平安時代以降、桜の花をさすのが一般的である」とあるが、さすがにそれはないよなあ、とんでもないよなあと思う。一般にとはいったい誰のことをさしているのか? ありていに言って、俳句が五七五音という極度に短い詩形式であるための、その中にちゃちゃっと納めるための方便であろう。花盛り、花過ぎ、花明かり、花の雨、花便り、花の宿、花月夜、花影、etc。ほら、簡単でしょう。これらの季語を使うとそれだけでなんとなく俳句ができたような気になってしまうもんね。

驚天動地と思うべし青き踏む

[きょうてんどうちと おもうべし あおきふむ]山野に花がたくさん咲き乱れている。それこそ足の踏み場もないほど。しかしそこを通らないと目的の場所に行き着くことができない。それでできるだけ花の密度のすくないところを選んで歩きはするのだが、それでも相当数の花を踏んづけてしまう。しかしいま目にはっきりと見えている花をみなよけることができたとしても、そのよけた足で別の小さな花や草や苔や虫や微生物をふんでしまう。