コーヒーブレーク 39 「日時計」

 

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巡航ミサイル目の端に初御空

元旦の空を初御空(はつみそら)と称するのだが、イメージ的にはよく晴れた澄み切った平穏な空のことだろう。ここ東北日本海側では、元日の頃に快晴に恵まれることは稀なので、空を見上げて初御空という感慨にひたることはまずないように思われる。むしろ元旦の朝から猛吹雪で視界がほとんどないとか、どんよりと重く暗く湿った雲が低く垂れこめているといったイメージのほうが圧倒的だ。/じつは昨年暮れに妻の母上が突然病気で亡くなったこともあって、年末から新年にかけては正月気分どころではなかった。葬式は無事に終え、へんな言い方だが弔問客が多く盛況。とくに妻方の親せきが大勢だったので、火葬の合間などにいろいろと話をする機会があった。妻の姉妹で遠方からかけつけた家族もおり、正月でいちおう一段落したあとに各種買い物に運転手としてつきあったりもした。

あと百年滅びぬつもりや暦売

自宅や工房の作業場および事務室にかかげる暦を、取引のある業者からいただくことが少なくないのだが、残念ながらデザイン的にはどうもいまいちなことが多い。いや遠慮なしに白状すると、なんやら女子の着物姿や水着姿が写っているものもあって、最近では珍しいとはいえ、そういうのは即ゴミ箱行きである。結局、写真や飾りが少ないごくシンプルなものだけが手元に残ることになる。/暦もいろいろあって、大半はもちろんその年一年の月日と曜日を記した暦だが、大きめの書店等に行くとこの先10年ぶんとか一世紀ぶん、つまり100年先まで一覧で印刷したものさえある。それらは実用的にはあまり意味のない暦であるが、細かい数字でびっしりと埋め尽くされた暦は、諸行無常とでもいうか、人の世がどうあろうとも月日は無関係に淡々とかつ冷酷に過ぎていくだけであることを示している。

日向ぼこ日時計のごとく回りおり

いわゆる裏日本(いまや差別語?)+雪国では、日向ぼっこをしようという気分になるような快晴・無風の日は冬期間はきわめて稀である。が、それだけにそうした日と時間はまさに恩寵のように感じられる。太陽は見えていても気温は低いので長時間というわけにはいかないが、作業の合間とか昼食や休憩のときには、日向ぼっこをすることがある。今だとサンルームごしにということも。/欧米の寒冷地では、真冬にほとんど裸同然になって日光浴をしている光景をインターネットなどでしばしば見るが、まわりは雪一色だったりするので、寒くはないんだろうか紫外線は大丈夫かとか、いらぬ心配をしてしまう。いや実際に寒いんだろうし、サングラスをかけたりしているのだが、それよりも日の光を全身に浴びることのほうがずっと重要だということなんだね。

 

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