定番の椅子

当工房にも定番といえる椅子がいくつかあります。そのなかで最近ではもっとも多く出ているのが写真の椅子です。材質はウォールナット(アメリカンブラックウォールナット)で、サイズは幅450mm、奥行455mm、高さ880mm、座面高さ380mmです。きわめてオーソドックスにしてスタンダードな椅子ではあります。

材質や、座面下の脚と脚をつなぐ貫(ぬき)の位置や方向などに若干のバリエーション、また座面の高さがお客様に合わせて変わることがありますが、全体的にはこのスタイルです。最近のスリムでスマートな市販量産品、または「工房家具」とも呼ばれる注文製作の椅子にくらべるとやや無骨かもしれませんが、私としてはこれが一つの最適解と考えています(唯一絶対的に正しいということではむろんありませんが、少なくとも私にはいちばんしっくりきます)。

まず貫は家具としての強度・耐久性を考えると欠かせない部材です。金属や一体成形のプラスチック、成形合板などであれば座板+幕板、あるいは座板のみでも大丈夫かもしれませんが、無垢の木では不安があります。貫がない場合、とくに前脚は上部の一カ所のみの接合になるわけですから。かなり大柄な方もいますし、皆が皆ていねいに椅子を扱ってくれるとはかぎりません。

座板は水平&フラットにしています。注文家具ではお尻の形に座面を彫り込んでいる例をよくみかけますが、当工房ではまずそれは行いません。長時間座る場合、寝ているときに何度も寝返りをうつように、体に無理な圧迫がかからないよう無意識のうちに座る位置や向きや姿勢を変えているはずです。その際に座面に固定的なくぼみやふくらみがあると逆にそれが邪魔で自由な姿勢がとりにくいと思います。傾斜も、ソファやイージーチェアといった「くつろぐ」ことを主目的とする椅子以外は付けません。真っ平らにすることで、読み書きや軽作業などの仕事をしやすくするとともに、踏み台や飾り台がわりにも問題なく使用することができます。同じ椅子を二つ三つ並べて、子どもならちょっとしたベッドがわりにもなりますね。

同様なことは背もたれにもいえます。幅を変えた3枚の背もたれは、平らな板を前の方(座ったときに背があたる面)だけわずかにくぼませています。半径2000mm程度の曲面です。もっときつい凹面にすると、座った最初のうちはすっぽり包まれる感じがするかもしれませんが、長い時間座っているとその曲面がわずらわしくなることがあります。座る人の体格も座り方もいろいろですから、あまり特殊にフィットしすぎないほうがいいと思っています。

写真では分かりにくいでしょうが、脚の外面のところどころに色の濃い部分がありますね。幕板や貫や背もたれの貫通したホゾをくさびで締めた跡です。乾燥材であっても完成後に温度湿度によって材木は若干の伸び縮みが生じますが、そのことも考慮してホゾ先を1~1.5mmほど出して仕上げています。さらにまた写真からは、いえ実物を見てもおそらく分からないと思いますが、幕板と貫は脚に対して2mmの大入(おおいれ)加工を施した後に、四方胴突の通しホゾ(平ホゾor小根付二段ホゾ)としています。大入があるのとないのとでは接合強度にかなりの差があるでしょう。

椅子は家具の中でも機能と耐久性が高度に要求され、かつ美しくなければなりません。よくできた椅子は一個の彫刻作品のようなものす。しかしなによりも大事なことは椅子本来の機能をきちんと満たしていることです。その余のことは重要ではあっても二の次三の次。もちろんそのことを十分に理解したうえであえて機能をいくらか犠牲にしてもオブジェとしての美しさを求めるといったことはあっていいと思います。

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