コーヒーブレーク 19「真空」

 

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人間は聞く耳もたず亀鳴きにけり

「亀鳴く」は俳句では伝統的に春の季語とされている。科学的事実としては、発声器官となる声帯などはないので亀が鳴くことはないのだが、「鳴く」ということをどのような意味合いで捉えるかによっては「亀鳴く」は事実とも虚構ともいえるだろう。文学的にはむろん亀が鳴いたり啼いたり泣いたり哭いたりしてもらったほうがおもしろい。いや実際には亀はちゃんと鳴いているのだが、感覚のすっかり鈍くなった人間には聞こえないだけであって、聞こえないことはつまり存在しない(見えないものは存在しない、etc.)と安易に思い込んでしまう人間のほうがあわれなのかもしれないな。

幽谷や無名滝とよばれし大きな滝

鳥海山には無名滝がある。無名の滝があるという当たり前の話ではなく、無名滝というのがその滝のれっきとした正式な名前である。一部の人が勝手にあるいはひそかにそう呼んでいるというのですらない、登山者には有名な滝だ。場所はいまはほとんど廃道と化した鶴間池から外輪山に至る清吉新道の上部、標高約1400m付近から右手に見える、鹿ノ俣川の支流ビヤソの険谷にかかる落差30mほどの直瀑である。この滝の上流側には鳥海山屈指の万年雪(小氷河とも)があるので、一年中豪快な落水が絶えることはない。/清吉新道はこの滝を真横に眺めてすぐ上で二股に分かれ、直登すれば外輪山、左折すれば山腹を巻いて河原宿のやや上に出る。40年ほど前の当時ですらすでに難路であったから、もう二度と通過することはない(できない)だろう。

宇宙の真空よごして星たちよ

宇宙の99.9999……%は真空である。つまりなにもない空間だ。恒星も惑星も衛星も存在しない。あるのは引力と光だけ? ときおりニュートリノは通過するのだろうか。真空であることこそが宇宙の本分で、星たちは塵芥のようなものともいえる。しかしながら星たちは引力という不思議な力によってお互いをひきとめあるいは捕獲しつつ、星雲をなし、恒星ができ、そのまわりを惑星が周回し、さらにその惑星のまわりを衛星が周回する。

 

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