地元の女性の方からのご注文の椅子で、材質はオニグルミ。サイズは幅420mm、奥行445mm、高さ850mm、座面高さ360mmです。じつはこの椅子は今回はじめて製作したもので、たった1脚のためにまずスケッチをし設計図を描き、原寸図や型板をこしらえ、専用の治具もいくつか作りました。製作途中でいくらか問題があってやり直ししたところもあり、結局通常の所用時間の2倍半ほどの手間がかかってしまいました。もちろんこれだけで終わってしまったのでは大赤字です。
家具そのものを作るのにかかる時間と、デザインワーク〜原寸図・型板・治具などを作る時間とは分けて考えないといけません。前者は全体の数量(台数)にだいたい比例しますが、後者は作る家具の数量にかかわらずほぼ一定です。1台だけ作るのでも100台作るのでも、それが新作であるかぎり必ず原寸図その他を新規に用意しなければなりません。
後者にかかるコストも、製作した家具の値段の一部に含めて計算し、いずれはぜんぶ回収しなければなりませんが、今回のように1脚だけの注文の場合は実際のところ丸ごとすぐに上乗せすることは不可能です。それでどうするかというと、その後もくりかえし注文していただけるような普遍性のある魅力的なデザインにする=定番化をめざすか、それがとうてい無理そうな家具の場合は、残念ながらはじめから受注を断ることになります。
むろん本体の製作費以外に原寸図や型板や治具等々に実費でこれだけ別にかかることをお伝えし、それをお客さんに丸ごと了承していただければ、どんな特別な家具でも作ることはできますが、そういうケースはまれにしかありません。とりわけ椅子の場合は水平・垂直な部材の組み合わせではなく各所に勾配(傾斜)がついたりカーブがついたりすることが普通なので、新たに1脚2脚だけ作るというのは難しいのです。
今回もはじめは当工房の定番化しているいくつかの椅子のなかから選んでいただこうと考えていたのですが、すこし小柄で非力な女性のそのお客様には「重すぎる」ということで却下。まったく新たにデザインすることになったものです。できるかぎり軽くするといっても、強度・耐久性に不安があるようでは話になりません。もちろん見た目の美しさも無視できません。外形寸法をこれまでの椅子よりやや小さめにし、それぞれのパーツの幅や厚みを2mm、3mmと減らしたりするなどして、全体として3割近く軽くなりました。重量4.45kgです。仕口はいつものように「大入通しホゾ、クサビ締め」にしていますから、細身ながらいっさいぐらついたりはしません。
「なんだ、そんな程度か。まだまだ重いな」と言われるかもしれませんが、耐久性などを考えると私にはこれが限界と思います。軽量化自体が自己目的化しては本末転倒。完成した椅子はお客様に喜ばれ納得していただけたので、それでじゅうぶんです。