書店で出会い手がふるえるほど驚きました。『田中一村作品集 新版』(日本放送出版協会刊2001年)です。名前はいちおう知っていましたし、ごく断片的には雑誌などで作品も目にしたことがあります。しかし35×26センチの大判であらためてその全貌に触れると「これはとんでもない絵だ」とうちのめされるような思いがしました。
田中一村は1908年に栃木県で生まれ、1977年69歳、奄美大島で没。18歳で東京美術学校(現在の東京芸術大学)日本画科に入学し、と、いろいろ経歴を書き連ねてもしょうがありませんが、同期生に東山魁夷がいたことは記しておいてもいいでしょう。なんといっても画業に専念 するために、50歳で家を売り払い、奄美大島におもむいたことが大きいです。紬工場で染色工として働きながら、一心不乱に絵を描きました。
ただその作品が一般に公開されたのは1979年の遺作展でです。生前、特別有名な賞を得たわけでもないし、著名な美術評論家から評価されていたわけでもありません。いわば無名の埋もれた画家に近かったわけですが、いったん公開されたあとはその作品は一般の人々をみるみる魅了、圧倒しました。緻密をきわめた描写と、それでいてただの写実に終わらない独特のデフォルメや飛躍があり、見飽きることがありません。
濃密な緑の空間に花や虫や鳥を配した奄美の連作の大作が有名ですが、「南国の明るく陽気な光景」とはいいがたい、どこか屈折したほの暗い雰囲気にも私は強くひかれます。私は絵は描けませんし専門的な知識もまったくありませんが、田中一村が技術的にも超一流の腕を持っていることはよく分かります。部分図の拡大された描線や彩色を見ると、ほとんどあきれ果てるくらい。正真正銘のこれは天才です。
下の写真は奄美大島にわたる前の絵ですが、その後の展開を予告するようなすばらしい作品です。「白い花」と題されていますが、ヤマボウシの花ですね。