ジオガイド養成講座 7

 

鳥海山・飛島ジオパーク構想のジオガイド養成講座の7回目です。前回の岩手県久慈市での「東北ジオパークフォーラム」への参加は希望者のみの参加だったので、事務局側のカウントとは以後ひとつずつずれてしまいますが、今回はにかほ市象潟構造改善センターで午前午後とも講座が開かれました。秋田大学の成田憲二氏による「鳥海山の生態系について」です。

じつは今回は午前は座学で、午後からは鳥海山北東面の中島台・獅子ヶ鼻湿原のフィールドワークの予定だったのですが、雨天のため中止となってしまいました。しかし受講者はほとんどみなフル装備で来ているので、よほどの荒天でなければ決行するべきだったと私は思います。すこし雨が降ったくらいで活動を取りやめるようでは、そもそもジオパークのガイドなどできないでしょう。木道がすべってあぶないといった不安を感じる人や、万一まともな雨具・足ごしらえなどを用意していない人は辞退すればいいだけの話です。

さて講座はたいへん興味深くおもしろかったです。鳥海山ならびに飛島がいろいろな非常にユニークな存在であることを、植生を中心に世界的(地球的)観点から解き明かしていただきました。以下、いくつかトピック的に挙げていきますが、

日本の植生の特徴としては、南北に長く温帯から亜熱帯で一部は亜寒帯も含み、周北極要素があること。大小の島が四方に連なる島嶼(とうしょ)の要にあたることから、氷河期の百数十mにわたる海面低下時に大陸や東南アジアなどからその陸橋を伝ってさまざまな生物が移動してきた。

気候は変化し、氷河期と間氷期とでは植生も大きく変化する→2万年前の氷河期には北海道はツンドラであり、その周辺はタイガ。ブナは南方の西日本のほうに退避した。→1万2千年前の氷河期が終わる頃には針広混交林に。→6000年前はやや温暖な時期で(現在より平均気温で1〜2℃高かったらしい)海進となり照葉樹林が拡大。→3000年前はだいたい現在と同じ植生に。なお氷河期の平均的な周期は11万年くらい。

垂直方向にも植生は大きく変わり、高いところは寒くなり(標高が154m上がると気温は1℃低下)、北方系の植物が増える、あるいはそこにだけ残存する。鳥海山の場合は他の高山でみられる針葉樹林帯を欠くが、それは大量の積雪によるものだろう。ただし稲倉岳北面の一画にコメツガ林がある。

植生は主に気温と降水量によって変わり、東北地方は大まかにみれば冷温帯のブナ林帯。さらに鳥海山は日本海に近く2000mをこえる山であること、大量の降水と雪と強風があること、比較的新しい火山であるため低地から高山までを含む複雑な地形をもつ。これらのことにより多様な生態系と景観がある。

平均気温で1℃低くなるには水平距離では1700kmも北上しなければならない。鳥海山の例でいえばそれは北緯50度のサハリンあたりであり、したがって鳥海山に登るということは温帯から寒帯のスカンジナビアやアラスカやアイスランド、旧樺太などに旅をするようなものである。(←これはちょっと驚き。なるほど視点をすこし変えるだけで俄然おもしろくなる。)

鳥海山の上部で非常に強い風が吹き荒れる「風衝地」では、縞状の独特の地形とそれに適応した植生がみられる。冬には地表温度がマイナス20℃にもなるが、夏では陽が照るとたちまち40℃を越えるという過酷な環境にハクサンイチゲやヒナウスユキソウやチョウカイフスマなどが生えている。(←成田氏はこの場所を扇子森と説明していたが、まちがいとまではいえないが正しくは御田ヶ原ですね。)

鳥海山の植生をまとめると、平地からおおむね1200mまではブナ林が広がるが、その多くは伐採されてしまった(平地でも社叢林などにごく一部が残存)。亜高山帯は針葉樹をほぼ欠き、ダケカンバやミヤマナラなどが多い。高山帯には多雪と強風のため風衝地と雪田が複雑に分布する。多雪は低標高でも雪渓や雪田を形成し、また地形により湿原も多い。溶岩流端では豊富な地上流や服流水による滝なども多い。1972年の古いデータだが、鳥海山には苔や地衣類をのぞいて約430種の植物(ブナ帯に237種、亜高山帯に149種、高山帯に123種)がある。

象潟の九十九島(2500年前の鳥海山北面の山体崩壊による流山群)も島ごとに植生の差がある。飛島は暖流の対馬海流の影響で比較的暖かく、寒地系の植物と暖地系の植物が同居する。いくつかは暖地性植物の北限と寒地性植物の南限であり、照葉樹林の北限地にも近い。

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