身に入むやいまだたったの二〇一四年
世界史年表をざっとみると西暦元年の4年くらい前にイエス-キリストが生まれ、西暦30年頃に処刑された。150年頃はローマの全盛期で、220年には中国で後漢が滅亡し、魏と呉と蜀の三国分立となる。375年にはゲルマン民族の大移動が始まり、476年西ローマ帝国滅亡。610年にイスラム教成立、618年唐が中国を統一。907年唐滅亡。935年、朝鮮の新羅が滅んで高麗が統一。……とまあ世界中でいろいろな国が興っては消えを延々とくり返しているわけである。/では約200年前頃はどうだったかというと、1776年アメリカ独立宣言。1814年蒸気機関車が発明、同年ナポレオンは失脚。1827年オームの法則発表、1830年フランス7月革命、1835年モールス電信機発明、1841年エネルギー保存の法則発見、1859年「種の起源」著出、1861年アメリカ南北戦争、1867年ダイナマイト発明。……というように、相変わらず諸国の争いは絶えないが、文明・科学は急速に発達しはじめ、現在に至るわけである。/人間の身体や思考感覚は太古以来ほとんど変わっていないと思われるが、科学的知識や技能や道具機械はこの200年、または100年、50年の間に驚くべき速度で発達した。それと裏腹に自然環境は極度に悪化し、さらに加速度をあげつつある。西暦を刻んでからのわずか2000年という時間でどれだけこの世が変貌し疲弊したかを思うと、人類の先行きはきわめて暗いと思わざるを得ない。/ちなみに「身に入む(しむ)」は冬ではなく秋の季語とされている。秋のもののあわれや冷たさがしみじみと感じられるさまをいう。
人の世を梳いてゆきけり虎落笛
虎落は中国において虎の侵入を防ぐために組んだ柵のことだという。また、「もがり」とは枝がついた竹を立て並べた物干や、斜交する竹の柵や垣のことで、このふたつを強引に合体させ、さらにそうした柵や竹垣などの狭い隙間に吹き付ける強風が発する音、をくっつけてできた言葉が「虎落笛(もがりぶえ)」。いやはやずいぶんな力技ではある。俳句を作られている方にはごく普通になじみのある冬の季語であるが、そうでなければいったいなんのことやら。/たしかにあのぴゅーとかひゅーとかいう甲高い風の音をきくといっそう寒さが身にしみますね。
クラインの壷と言うて海鼠かな
裏と表が切れ目無く連続する二次元(平面)という概念は、紙テープを半回転ひねってから両端をリング状に接続した形でよく示される。表の面と思ってたどっていくといつの間にか裏面になってしまう。メビウスの輪である。しかし三次元(立体空間)のねじれを表現しようとするとなかなか難しい。それはこの現実世界がすでに幅と奥行きと高さがある三次元だからで、その中で平行密着した表の世界と裏の世界とを同時に表現しなければならないからである。紙テープをひねるような簡単な方法でそれを例えるようなわけにはいかない。そこで苦肉の策として、細長い壷の口がにゅ〜とのびて半回転して壷の胴の途中に潜り込んでいる絵を提示することになる。閉じた空間のはずなのにずっとたどっていくといつの間にかその外に出てしまう。それがクラインの壷だが、一見したところでは単にへんな形をした閉じた物体の絵でしかなく、それを見て反転する三次元世界と納得するには、脳内で相当程度の変換が必要だ。