ひりりひりりと空蝉の低き共鳴
蝉の抜け殻はべつに珍しくもないが、よく見るとじつによくできていると感心する。細い触覚や脚先まできれいに脱いでその蝉は飛んでいったのだろう。どこか一カ所でも脱皮に失敗すればおそらく死んでしまうか、スムーズにいかずにもたついておれば夜が明けてめざとく見つけた蟻その他の昆虫や鳥などに食われてしまうにちがいない。また幼虫が木肌や草の茎や板塀などに食い込ませた脚が、羽化の途中で万一にもすっぽ抜けてしまえば 、もちろんアウトである。
黒揚羽夜の断片散らしおり
黒っぽい大型の蝶といえばまずクロアゲハ(黒揚羽)だが、全体的には黒色ながら青や緑の金属光沢のあるカラスアゲハ(鴉揚羽)、ミヤマカラスアゲハ(深山鴉揚羽)もいる。いつだったかハイキングの山中で、若いカップルのハイカーがいて、飛んできた黒い揚羽蝶をみて彼氏が「クロアゲハだな」とのたまうと、彼女「すごい。そんなことがすぐわかるんだぁ」、で彼「まあね」とちょっと得意顔。しかし私は心の中で「それはクロアゲハではなくてミヤマカラスアゲハだよ」と訂正する。/小学生の頃に蝶採集と標本作りに熱中したことがある。子どもの足では実際に採取できたのはせいぜい40〜50種くらいだが、図鑑に載っている日本産蝶の220種あまりはいちおう全部頭にたたきこんだ。その後蝶採集は止めてしまったものの、今でも飛んでいる蝶を見るだけでそれがなんという種類の蝶であるかはだいたいわかる。かように自分が興味関心を持って自発的に学んだことは身体に強くしみつくものだなと思う。
箱庭や完全犯罪のあるらしく
箱庭は庭園のミニチュアまたはジオラマである。大人が一人で抱えることのできる程度の大きさの浅箱などに土・砂を盛り、小さな草木や建物や庭石、または人や動物の人形等を配して夏の景観を作る。現実の名高い名勝・名園を模写する場合もあるようだが、ともあれこういう遊びが大人のまじめな遊びとしてまあ普通に行われ、俳句の季語にもなっていることにおかしみを感じる。旦那衆のものすごく凝ったお金をかけた箱庭もあり、そのできばえを互いに競ったことさえもあったらしく、もうこうなると現代でいえば鉄道模型や艦船模型に血道をあげるマニアみたいですね。/もっともそのミニチュアの対象がほかならぬ庭園であるというのは興味深いことで、海外にもそうした風習はあるのだろうか。そしてまたどうして春・秋・冬の景ではなく夏なのだろうか? 箱庭を眺めて涼しさを感ずる? ん、そうか、夏の暑い日は家屋の戸を開け放しているから、庭先なり縁側なりに置いた箱庭が観賞しやすいし、その周囲に実際の庭があり、さらには遠くに海山の自然景観が借景としてあるという三重の入れ子構造になっているのかもしれない。