コーヒーブレーク 17 「桜花」
桜花のロケット噴射や花埃
桜の季節は終わった、わけではない。園芸品種のソメイヨシノこそみな散ってしまったが、自然の野山に生きる山桜(オオヤマザクラなど)は少し標高のある所ではいまでも咲いている。同じ地域に生えていても遺伝子が異なり個体差があるので、花期はかなり長い。/さて桜花である。こちらは樹木のそれではなくかつての日本軍の特攻兵器で「桜花」と名付けられた飛行体だ。爆撃機の胴体につり下げられ、敵艦を発見すると切り離され、兵士が操縦する羽の生えた爆弾として飛んでいく。特攻兵器ゆえに帰還することは想定されておらず航続距離はわずか数十km、着陸するための車輪もなければ、敵機と交戦する機関銃ひとつも持っていない。敗戦までに700機余が生産されるも実際に特攻に使われたのは10回の出撃で55名(戦死)であった。悲惨なのは敵艦を見つけるまで桜花を運ぶ役目の一式陸攻は速度が遅く鈍重で、レーダーによって捕捉された機体は米軍の戦闘機によってほとんど撃ち落とされてしまい、搭乗員の死者は365名におよぶという。それだけの犠牲をはらいながらも戦果はどうであったかというと駆逐艦一隻の撃沈があるのみ。連合国側からは桜花はBAKA BOMBと呼ばれたのもむべなるかなである。/次の特攻兵器「回天」も同様であるが、出撃したが最後、相手に打撃を与えようが与えまいが兵士は死ぬことが決定づけられており、しかも戦果はほとんどないことが当初から判明しながらも軍上層部の命令によりヤケクソのようにしてずっと投入され続けた。非道というほかはない。
港湾に花びらただよい回天百
太平洋戦争で用いられた特攻用艦船が「回天」である。こちらも桜花におとらずむちゃくちゃ。大型魚雷に人間が乗り込める空間や仕掛をかろうじてこしらえて「人間魚雷」とし、特攻兵器として用いたもの。しかし母艦である大型潜水艦の甲板に取り付けられて、運良く敵艦を発見し母艦から発進できたとしても回天の操縦性はいちじるしく低く、発進時点での敵艦との距離や方角をたよりとした当て推量、しかも一方通行・一回かぎりの出撃しかできなかったため、戦果はほとんどなかったといわれる。一説には成功率は2%程度にすぎず、特攻の本来の目的としていた空母や戦艦への打撃は皆無であり、かろうじて給油艦と護衛駆逐艦など3隻の撃沈にとどまる。/無惨なのは兵器としてのできの悪さ以上に、帰還するだけの燃料もなく、内側からハッチを開けることはできず脱出装置もむろんなかったために、一度出撃すれば搭乗員は必ず死んでしまうのである。まさに「必死」の兵器であったわけだ。回天の戦死者は搭乗員や整備員など合わせて145名。
犬死にとは犬に失礼であろう浮いてこい
わざわざことわるまでもないだろうが、飛行体であれ魚雷であれ特攻兵器に乗り込んで戦死してしまった兵士や、現場の責任者としてその出撃命令を出さざるを得なかった中下級将校を蔑むつもりは毛頭ない。しかし軍最上層部の安易な思いつきで作られた低級な兵器であること、ろくでもない戦略と作戦で多くの若者が死地に追いやられたこと、しかも戦果はほとんどあげられず、そもそも多くは敵艦に近づくことすらできないうちに撃ち落とされまたは沈められたことを思えば、客観的にはそれはやはり無駄死であったといわざるをえないと思う。無駄死または犬死を強要されたことこそを私たちは怒るべきだ。/「浮いて来い」または「浮人形」は夏の季語で、子どもがお風呂などで遊ぶおもちゃのこと。水よりもわずかに比重を軽くした動物や乗り物などの玩具を水面に浮かべ、ちょんと押してやると下に沈んでいくのだが、浮力がわずかにあるのでゆっくりとまた水面に浮かび上がってくる。沈めては浮かせ、沈めては浮かせをくり返して遊ぶ。